エミリーの家

フランスパリに住む日本人です。色々なトラブルに巻き込まれます。最近帰国しました

虐待経験、ブラック企業勤めからのうつ病。今パリ暮らし

私はうつ病治療を始めて3年が経ち、まだ完治はしていません。

 

フランスに住み始めたのは約2年前です。

 

うつ病になる前はグラフィックデザイナーという職業で、いわゆるブラック業界です。一週間家に帰らず、椅子に座ったまま眠り、風呂にも入らない。なんて生活をしていました。

 

今は薬を殆ど飲まなくて済んでいて、はじめに比べればだいぶ良くなったと思います。

 

今日は私が学生だった頃、家で受けていた暴力の話をします。

重いし暗いです。ごめんなさい。

 

私はずっと、この話題について記事にしようと思って来ました。

 

思い出すのがつらくて、吐き気がしてくるのでずっと書けませんでした。

でも、

私はこれまで「虐待」「死にたい」と検索して、同じ気持ちの人の書き込みを見て、

私は一人じゃないんだ…

と思えて生きてこられたので、

 

この記事が、誰かの孤独や辛い気持ちを、少しでも和らげるものになればいいと願って、書きます。

 

 

あなたは一人じゃない、と言いたいから、書きます

 

私は小学6年生まで、家で結構な暴力を受けて来ました。

と言っても、もっと酷い暴力を受けた人からは、「そんな事かよ」と思うかもしれませんね。

でも、私の長い自殺願望や、人に必要とされたくて不満を言えない、真面目で利用されやすい性格や、うつ病のきっかけの一つは、やはりこの経験なのです。

先に書きますが、私の家族は親戚達から、本当に仲が良いわね〜。良い育て方したわね〜と言われるし、友達からも、あなたのお母さん本当、良い人そうだよね。と言われます。

そう見える家庭が、壊れていておかしいって事もあるんだよ、子供が助けを必要としているかもよ、ってことも、わかって欲しいです。

 

 

あざができ、骨折までする暴力

例えば母に、壁に辿り着くまで拳で何度も、頭や身体を殴られる、蹴飛ばされる、壁まで追い詰められて、うずくまったら、今度は蹴りが続きます。

その間に私は、動物みたいな悲鳴をあげます。

大泣きして鼻水を垂らしながら

「やめて!やめてーー!痛い!いたいー!」

…と言ったところでやめては貰えません。

そういう叫びはより聞いてもらえるよう、大きい声で…となっていきますが、

だーれも私を助けないし、味方も居ません。

 

腕や背中にあざができて痛かったです。

頭とか何回殴られたんだか。

でも日常でした。

愛して欲しい人から、蹴られて泣き叫ぶその光景は、体よりも心がつらいと思えるほどでした。

殴られながら受ける言葉もつらかったです。

自分がいなくなればいいのに。

でもどこにも逃げ場はなく、捨てられれば食べていけず死ぬだけなので、

なるべく怒らせないように、悪い子だと言われないように気を遣って。役に立つと思われたいから頑張らなきゃ。

と思って、存在して申し訳ない気持ちで生きていました。

 

父親から理由なく、急に頭を殴られるという事もあります。

「なんで?なんで殴るの?!」

と聞いたら、

「なんとなく」「顔がムカつく」「ブスだから」

 

物心ついた頃からずっとこんな状態でしたが、

小6の時に、母に蹴られて骨折しました。

 

物理の酷い暴力は主に母親から受けました。

大人になってから気づいたのですが、父親が家に居ない時に、バレないようにやっていました。

ただ、それを父親に訴えたとしても、父も暴力には肯定派だったので無駄ですけれど。

 

性的な言葉と、体を撫でまわす行為

父からは物理ではなく、言葉や行動で傷つく事が多く、気が狂いそうでした。

例えば、

中学生の時家で、

「おまえ、おっぱいおおきくなってきたなぁ〜。揉ませろよ」

と何度も言ったり、

小さい頃から小学生まで、

「お尻を触らせろ、撫でさせろ」

と言って、服の上から撫で回したり、ひっぱたいたりしていました。

「おっぱい揉ませろよ」は、一つ年上の、私のいとこにまで言っていたし、

お尻を撫でまわされていたのは私と、妹二人もです。小さい頃はそれが普通だと思っていましたが、私が高校生の時、妹が尻を撫でまわされているのを見て、こんな気持ち悪い行為をずっとされて来たんだという嫌悪感と、妹が目の前で傷つけられているのに、止める権利が無いという怒りで、もうおかしくなりそうでした。

 

こういう行為は、完全に私と妹の心を壊したけれど、性的虐待の範囲には入らなそうだし、言葉で訴えるのが難しいですね。

ただ、友達にこの事を話すと必ず、「そんな父親じゃなくて本当〜に良かった!」と言われるので、やっぱり人を傷つける行為ですよね。

 

暴力の理由

それが躾でしょ?とか、お前がそれほど悪いことをしたんだろう?と言う人もいるかもしれませんが、

暴力のきっかけはこんな事です。

 

私が当時とても大切にしていたシール帳があって、それはお小遣いを貯めて文房具屋で買い、使わずにファイリングして眺める一番の宝物だったのですが、

学校から帰ると、妹が勝手にそれを持ち出し、家の壁に貼り、シールをほぼ全てぐちゃぐちゃにし、ゴミ箱に入れていました。

私は当時たしか6〜7歳。

その光景があまりにショックで、カッとなって、私は妹の頬をはたきました。

(当時、悪い人は殴って躾けるという価値観だったので、それが悪いとは思わなかった…)

妹が母に泣きついたのですが、怒られたのは私でした。

「お前が悪い」「お姉ちゃんなのに」「ごめんなさいと言え!」

とひたすら責められて、謝らないからと、母からの暴力が始まります…

その間妹は、母の後ろでにやにやと笑い、私の反論には「うっせーくそばばあ」とか、「ばーか」という言葉をかけるので、

尚更謝る事が屈辱的になり、死にたくなるほど蹴られて、なんとか逃げて、泣きながら自分の部屋で膝をかかえて我慢するという方法しかありませんでした。

 

毎度こんな感じ。

 

他には、味噌汁をこぼしたから。

 

箸の持ち方が悪いから。

 

反論したから。

 

だれか助けてくれないの?

私には両親と、妹が二人います。

5人家族でした。

暴力を受けている最中はとんでもない悲鳴でしたが、

当時はまだ虐待という言葉が無く、

人の躾に口を出してはいけないという日本の風潮があって、近所の人も助けてくれる人はいませんでした。

私は三姉妹の長女ですが、暴力を受けていたのは主に私、それから次女も多少。三女は全く受けていません。

どうして暴力が片寄るかというと

母と父は、それぞれ4兄弟と3兄弟の末っ子で、自分の経験から、とにかく末っ子がかわいそうだ、という考えを持っているからです。

(とはいえ、田舎の農家で、母以外の兄弟はみんな中卒。母はお姉さん達の働いたお金で高校まで行きました。母の何がかわいそうなのか未だに全く理解不能です。)

体の大きさから、とにかく大きい方が悪いと思う人間の心理でもあるんですかね…。

私だって当時かなり小さくて、酷いことをされたら癇癪を起こして仕方ない年齢だけど、何故か私はひたすら許されないのでした。

妹は、両親と仲良くすれば殴られない事を知っているので、三女はいつも、母と一緒に私の悪口を言っていました。

「あーほんと居なくなればいいのにねー。」

「態度わるーい。やだね。」

「別のお姉ちゃんが良かった」

 

全部全部、聞こえてました。

 

一人で、部屋にこもって、泣いて、どこにも吐き出すところが無かったから、私は自分の脚や腕を、自分の拳で何度も殴りつけて、爪を食い込ませて、ぐっと堪えて、体の痛みで、心の傷が痛くないと思おうとしました。

 

家族って、家って何?

ずっと、家は逃げられない牢獄みたいだと思って居たし、大人になるまで、どの子もみんな、こういう躾をされているんだと思い込んでいました。

(実際、私の周りには何人か、もっと酷い暴力を親からされている同級生がいたので、自分はましだと思っていました)

私は小学生の頃、自分の母は本当の母では無く、本当の母はどこか遠くで自分を探しているんだと、本気で思っていました。

親から明らかに酷い事をされているけど、アニメや絵本では、「母は子供を愛しているし、優しい」みたいな刷り込みをされるので、自分の置かれている状況を信じられなくなったのだと思います。

母と私は顔が似ていて、あぁ、本当の母親なのかと納得せざるを得ない時は辛かったです。

もう誰も、私を助けに来てくれる人は居ないんだと気付いたので。

 

おかしいと気づいたきっかけ

私は小6の時蹴られて骨折し、それがきっかけで母の物理的な暴力が終わりました。

尾てい骨の骨折で、座ったり階段の昇り降りが困難になったので、母は私を病院に連れて行かざるを得なくなりました。

 

病院で母は医者に、

「ちょっと蹴ったら、当たり所が悪くて〜。でも保険金が必要だから、自分で転んだって書いて貰えますか?」

と言いました。

医者や看護師は、

「えー?気をつけないと。でもそうですね。わかりました」

と言って診断書を書きました。

私はそこで医者から、

「尾てい骨が折れて内側に入り込んでいて危ないかも、膀胱に穴が開く可能性がある、血尿が出たらすぐ来て。」

「将来赤ちゃんを産むのに、問題があるかもしれない」

と言われました。

私は、保険金の3万円が、実家に支払われる事を誇らしく思いました。私が稼いで貢献したよ!ねぇ偉いでしょ?って……。

でも、母親がなんとなく、医者や父に怪我の経緯を言いづらそうに話すところを見て、

あれ?これって、お母さん恥ずかしい事したのか?って思い始めました。

(暴力があまりにも日常的で、しかも全部、私のせい、私が悪い子で嫌われてるからだと思っていたので、母の行為が恥ずべき事だという考えがそれまでなかったです)

そして母も、父や近所の人に自分の行為を話す事で、おかしいと気づいたのか、歳のせいで体力が無くなったのか分かりませんが、それ以降暴力は一切無くなりました。

 

私が完全に、これらの行為をおかしいと気付くのは、25とか26歳、母が私を産んだ年齢に差し掛かったあたりです。

大人には色々あるんだろうなと、見上げていた年齢に自分がなって、人に暴力を、しかも日常的にするなんて、あぁ私の親は頭がおかしいんだと完全に気付きました。

この年齢の時、本当に本当につらかった。

暴力を受けている時期よりも、精神的にはつらいです。

なんで?って何度思い返しても解決しないので、永遠に怒りと悲しみのループがやって来ます。

そして泣いて、絶望して無気力になります。

自分がいかに、ストレス発散の都合のいいサンドバッグにされていたか、改めて思い知らされました。

 

 

現在の家族との関係

一見して超普通どころか、他人から見ると仲のいい家族みたいです。

私は、実家が火事になって、両親が死んでくれないかと心のどこかで願ってはいますが、

反抗的な態度をとってぶつかるのは、私の方にもダメージがあってしんどいので、さらっとやり過ごすのが一番精神的に良いのだと気付きました。

今パリに住んでいるのは、実家に帰らなくていいという意味では最高に健康的です。

妹は、私にかけたひどい言葉をもう忘れているのでしょうね。でも憎んではいません。彼女も暴力を受けない為にそうせざるを得なかったのでしょうし。物心ついた時から家で、両親と私のやりとりを見ていたから、そう育ったのだと思います。

まぁ、両親と妹が仲良くしていてくれれば、私に両親の興味が向かないので、利用しているって部分もありますが。

妹とは、偽りなく仲良しです。また、次女も心の傷があるので支えなければと思っています。

 

戦慄するのは、母に、自分の行為が虐待だったという考えが1ミリも無いってことです。

テレビの虐待死のニュースを見て、「酷いわね〜信じらんない」

とか言うし、

この前、実家に夫とお邪魔した時には、

「いやー、昔この子のこと蹴ったら当たりが悪くってさぁ、この子お尻骨折したんだよ〜笑」

とか話し始めたので、それには流石に頭に来たし、罪悪感の皆無さを信じられなくて、楽しい?空気をぶち壊して怒りました…。そんな事で怒るなんて何よ気分悪いって顔してました。

暴力の罪悪感を、少しでも持って欲しいから、たまに母が誰かと喧嘩してイライラしている時に

「じゃあ、殴ればいいでしょ?」

と言ってみたりはします。

きまり悪そうな顔して黙ってます。

やっぱり暴力はいかんという意識はあるのか。

なぜ、自分の子供なら許されると思ったんだか。

最低で愚かです。

残念なことに、三女も私の受けた暴力を笑い話だと思っていて、時々平気で酷い事を言います。

私はもう、親が寝たきりになろうが介護する気は流石にありません。

私が受けている苦しみを無視するなら尚更ね。

 

 

「子供」って言葉を無くしたい…

何故か子供って言葉を使えば、いろんな場面で大人より下に扱っても良いという意識がうまれませんか?

体が小さいだけで同じ「人間」ですよね?

ショッピングモールの家族連れを見ていてよく思うのですが、失敗を責めたり、おもちゃが貸せない事を怒ったり、物をひったくったり…

それ、あなたの友達に同じこと出来ますか?

自分のおもちゃが貸してあげられないとかよく聞くけれど、それって、そのおもちゃをとても大切に思っている証なのでは?あなたが集めているフィギュアとか、宝石とか、かばんとか全部簡単に他人に貸してあげられるなら責める権利が有りますが、大人だってそんな事出来ないんだから子供だって無理ですよね。壊されるの怖いですもん。一緒じゃないですか?

なんだかこういう、お前は子供だから、みたいな行為が積み重なって、暴力をしても許されるという意識が生まれるように思えてならないんです。

子供があなたより馬鹿だと思ったら大間違いです。

若い脳は確実にあなたより優秀です。

だから、小さい人間への尊敬を決して忘れないで欲しいです。

 

大事な事だからもう一度言います。

 

それ、あなたの友達に同じこと出来ますか?

 

今、辛いこと

やはり、理解されないことがつらいです。

話しても、「お前の妄想だろ笑」と言われることがつらいです。

多分、世の中には親から一度も殴られたことがない人も居て、理解できない人もいるのだと、納得してはいますが。

 

私は精神的に不安定です。それでもいいと言ってくれた夫のおかげで、結婚しましたが、

大抵の人は、パートナーに、家族仲が良く明るくてめんどくさくない人を選びますよね。もちろん理解できますが、でも、でも!

虐待された人が苦しんで不安定なのは、その人のせいじゃない(;_;)!!

なんで?なんで暴力が終わってもずっと、苦しみが続くの?って、叫びたくなる時があります。

しかも虐待の事を話せば、虐待は伝染する、お前も将来暴力振るうんだろって言われるんですから!

 

そして、世の中の、「子供を愛さない親なんているか」「親を尊敬出来ないんじゃダメだね」

って言葉、大嫌いです。

私は道徳や、就活の時に、親をいかに尊敬して感謝しているか言わされました。

ドラマの家族を想像して、嘘を言いました。理解されてないようでつらかったです。

「私の父は、私の尻を触って喜び、母は骨折するほど子供を殴り、蹴りました!尊敬しています!私も将来、父と母のような親にります!」

…って言ったら良かったんだろうか?

そっちの方が、ダメでしょう?なぜ尊敬を強要するのか。

私は、絶対に両親のようにはなりません!!!

 

虐待を受けた人たちへ

長年の、逃げられない暴力の深い傷は、そこから抜け出した後も、様々な面でマイナスになりがちですよね。

大勢の人の中にいるとストレスが溜まりますし、静かな場所では思い出して涙が出る事もあります。

結婚や、受験や就職で不利益を感じた人もいるでしょう

でも、私はこういう経験をした人ほど、優秀で、人に優しく、素晴らしい人格者であり、きっかけ次第では大成功すると感じています。

世の中を大きく改革した人物も、多くはどこかマイナスの部分を背負い、その経験から多くのものを生み出したのです。

あなたは周りの人より素晴らしいですよ。

否定する人がいたら、その人こそ、ダメな人なんです。

 

最近少し、嬉しいことがあって、それはアメリカgoogleの募集要項だったのですが、

 

色んなタイプの面接を試したけれど、奇抜なものは効果的でなく、社内で優秀な成績を残す人は、人生において何か、大変な経験をした人だという事に気付いたから、そういう人を優先的に求めている。google創始者セルゲイ・ブリンはソビエト出身で、国が無くなるかもという危機の中、幼い頃家族で国を移動することになり、それはとんでもなく大変な経験だった。そういう経験のある人と、なにもかも順調な人では、特に技術職などにおいて何か目標を達成しようとするパワーが違う。

 

私は真面目で努力家だったけれど、日本で就活した時、面接だけ要領よくこなせる人がうまく大企業から内定を貰って、その他の人を見下し馬鹿にする事に絶望していました。

 

でも世界に目を向けてみたら、マイナスをプラスに評価してくれる会社もあるんだという事に気がつけました。

日本は狭かった。

 

あなたはもっと評価されるべき!

 

同じ経験をした人、ありがとう

何度も絶望し、小学生の頃から死を考えていたけれど、私が今まで生きてきたのは、同じ経験をした人の経験談によって、一人じゃないと思えて踏みとどまれたからです。

ありがとうございます。

そしてインターネットもありがとう。

昔の自分を思い出すと、独りでただ、死ぬべきだと考えるしかなかった事を思い出して……涙がでます……。

そんな人の助けに、一人でもいいから、支えになれますように。

この記事が誰かしらの助けになりますように。

 

ではまた。